というところで終わっておりましたが、今回はその続き…
幸村はもちろん真田家を考えるとき、幸村の祖父「真田幸隆」、
そして、「武田信玄」は欠かすことの出来ない人物です。
そういえば、時代劇などで武田軍には、必ず赤備えの軍団がおりますが…
その武田軍の赤備えの話は少しおきまして
真田幸隆の話を…
元々は信濃(今の長野県)の小領主、そして、信玄の父、武田信虎に追われ、上野(こうずけ)の長野業正に身を寄せてたと云われています。
つまり、武田家は敵だったのですが、信玄(当時は晴信)の信虎追放後に武田家に従うように
このとき、どのような経緯があったかは、想像の域を出ることは出来ませんが、はっきりと云える事は、お互いの利害が一致したということだと思います。
信玄にとっては、信濃攻略の糸口として
真田にとっては、旧領の回復の為…
そして、ここから武田家の快進撃が始まります!
真田幸隆は、その智謀とネットワークを活かし
信濃の有力者を次々に調略!
中でも信玄にとって難敵であった村上義清を撃退した際に大活躍をしています。
ただ、この村上義清が上杉謙信(当時は長尾景虎)を頼ったことから、武田VS上杉という川中島に発展していくのですが…
ちなみに村上義清を調略を駆使して退けた際、真田家は戸石城を手に入れています。この戸石城、実はかなりの名城で調略などでしか落とされていません(であったと記憶しています)。後に籠った真田幸村も戦略のため城を放棄しただけで、まともには落とされておらず…なのです!
さて、この幸隆が大活躍していた武田軍!
武田二十四将などと評されるほど、キラ星の如く名将たちがひしめいておりました。
中でも山縣昌景(やまがた まさかげ)という、武田軍きっての名将!
そして、赤備えの将として、名を聞くだけで敵兵が逃げ出したと云われる武将の存在こそ、まさに真田幸村の赤備えに繋がっていくのです。
2008.9.17
雪信
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講談調「真田幸村」CD聴きましたが、鳥肌が
たってしまうほど、とても素晴らしいものでした。
石田彰さんの語りの強弱は、私の動きを止めてしまうほど、幸村の世界にひきこませるものでした。
話の流れもとても分かりやすく、この企画はとても好きです♪
良い作品、ありがとうございました。
これからもよりたくさんの人にふれていただき、また石田さんが語っていただける時がきますように…